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判例研究

判例研究

TOP判例研究贈与税が『要素の錯誤』があったことを認めるかどうか

贈与税が『要素の錯誤』があったことを認めるかどうか

租税負担の錯誤無効を理由とする贈与税決定処分の取消請求等の可否

上告審最高裁平成18年10月6日二小判賦課決定処分等取消請求事件
(上告棄却・不受理決定)(納税者敗訴)(確定)(判決文入手できず)

控訴審高松高裁平成18年2月23日判決(控訴棄却)(納税者敗訴)

第一審高知地裁平成17年2月15日判決(請求棄却)(納税者敗訴)

1.事案の概況

 本件は、X1(原告・控訴人)がX2(原告・控訴人)から有限会社A鉄工所(以下「A鉄工所」という。)の出資口(以下「本件出資口」という。)を購入する旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結したところ、Y(税務署長、被告・被控訴人)がX1に対し、本件売買契約はその売買代金が適正価格を下回る低額譲渡に該当するとして、平成9年分贈与税(法定申告期限:平成10年3月15日)の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分(以下、両者を併せて「本件各決定処分」という。)を行ったため、X1において本件売買契約が錯誤により無効であるなどと主張して、Yに対し本件各決定処分の取消しを求め、また、X2において、平成13年12月21日本件売買契約が錯誤により無効であるなどと主張して平成9年分所得税(法定申告期限:平成10年3月15日)の更正の請求をしたところ、Yから更正をすべき理由がない旨の通知処分(以下「本件通知処分」という。)を受けたため、Yに対し本件通知処分の取消しを求めた事案である。

 主な争点は、
1.本件売買契約における錯誤の成否(争点1)
2.本件売買契約における錯誤についての重過失の有無(争点2)
3.課税庁であるYに対するX1らの錯誤無効の主張の可否(争点3)

 なお、A鉄工所は、X2(大正7年生まれ)とその夫であるBが中心となって昭和39年に設立した会社であり、両名の子であるCが、昭和54年から代表取締役を務めた同族会社であり、X1(昭和52年生まれ)は、Cの長男であり、X2の孫に当たる。また、Bは、本件売買契約が締結される前の平成9年1月ころに重篤な疾病を宣告され、平成12年に死亡し、同年X1が本件会社の代表取締役に就任した。

2.判決(高知地裁平成17年2月15日判決・平成15年(行ウ)第20号〈訟務月報本号3697ページ〉)は、要旨次のとおり判示して、X1らの請求を棄却した。

(1)(争点1について)本件売買契約当時の本件出資口の実際の価値は、少なくとも、1口当たり10万2590円(合計1億1541万3750円)といえるのであり、本件売買契約における本件出資口の売買代金額は、その実際の価値の約7分の1の低額であったといえる。しかし、X1らが、本件売買契約において、X1が贈与税を課されるか否かを考慮することなく、単に本件会社の経営権を承継させることだけを目的としたと認めるのは不自然であって、むしろ、X1らは、本件出資口の売買代金額1口当たり1万5000円、合計1687万5000円がその実際の価値に見合った適正な金額であり、X1が贈与税を課されることはないと誤信していたからこそ本件売買契約を締結したものというべきである。したがって、Xlらは、そのような誤信がなければ、本件売買契約を締結することはなかったものといえるのであって、本件売買契約において、本件出資口の実際の価値及びXlが贈与税を課されないことは、Xlらにとって重要な要素であったといえる。
 また、X1らの誤信は、本件売買契約の動機にかかわるものというべきであるが、BとX1らとの間では、本件売買契約の動機にかかわる、X1が多額の贈与税を課されないとの認識が、少なくとも黙示的に表示されているといえる。
 以上によれば、X1らの誤信は、本件売買契約の意思表示についての錯誤に当たるといえる。

(2)(争点2について)X1らが、本件売買契約締結に当たり、前記のとおり誤信していたとしても、本件売買契約において、本件出資口の実際の価値及びX1が贈与税を課されないことが、X1らにとって重要な要素であったのであるから、X1らとしては、売買代金額及び贈与税を課されるか否かについて、税理士等の専門家に相談するなどして十分に調査、検討をすべきであり、そのような調査、検討を十分に行わないまま、安易に課税されないものと軽信した場合は、通常人であれば注意義務を尽くして錯誤に陥ることはなかったのに、著しく不注意であったために錯誤に陥ったものとして、重過失が認められる。
 そして、本件売買契約における本件出資口の売買代金額は、その実際の価値の約7分の1の低額であったから、X1らは、税理士等の専門家に相談するか、評価通達を検討するなどすれば、その売買代金額が実際の価値よりも低額であることを容易に認識できたにもかかわらず、安易にCの言い分を信用して、その売買代金額が実際の価値に見合った適正な金額であり、X1が贈与税を課されることはないと誤信したものといえるのであって、その誤信について重大な過失があることは明らかである。

(3)以上のとおり、X1らは、本件売買契約締結に当たり、本件出資口の売買代金額が実際の価値に見合った適正な金額であり、X1が贈与税を課されることはないと誤信したものであるが、その誤信について重大な過失があるため、本件売買契約は無効とはならない。したがって、本件売買契約が有効であることを前提とする本件各決定処分及び本件通知処分は、いずれも適法である。

3.本判決は、要旨次のとおり判示して、原審の結論を維持し、X1らの控訴を棄却した。
(1) 争点1については、原審の判断を引用した。

(2)(争点2について)X1らは、本件売買契約を締結するに当たり、売買代金額やX1に贈与税を課されるか否かについて、税理士等の専門家に相談するなどしなかったという点において、過失のあることは否定できないところである。しかしながら、X1らが、税理士等の専門家に相談するなどしなかったのは、白血病に冒され、余命幾ばくもないCが自分なりに調査をし、南国税務署に相談に行って了解を得た旨の話をしたことなどから、本件出資口の売買代金額を1口当たり1万5000円とすることを了承したものであって、一応の調査、検討はしているのであるから、当時のX1らの置かれていた立場や年齢をも考慮すると、X1らの上記懈怠が著しく不注意であって重大な過失であると認めることはできない。したがって、X1らが錯誤に陥ったことについて重大な過失があるとは認められない。

(3)(争点3について)我が国は、申告納税方式を採用し、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等を課している結果、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせたのでは、納税者間の公平 を害し、租税法律関係が不安定となり、ひいては申告納税方式の破壊につながるのである。したがって、納税義務者 は、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為を行った場合、当該法律行為の際に予定していなかった納税義務が生じたり、当該法律行為の際に予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明した結果、この課税負担の錯誤が当該法律行為の要素の錯誤に当たるとして、当該法律行為が無効であることを法定申告期間を経過した時点で主張することはできないと解するのが相当である。
したがって、X1らは、本件売買契約の錯誤無効を課税庁であるYに主張することはできない。

4.

(1)錯誤とは、意思表示をした表意者の内心の効果意思と表示との間に不一致があり、表意者がそのことを知らないことをいい、民法95条は、意思表示は「法律行為の要素に錯誤」がある場合に限り、無効となると規定する。この要素の錯誤とは、意思表示の内容の主要な部分であり、この点について錯誤がなかったなら、表意者は意思表示をしなかったであろうこと(因果関係)、かつ、意思表示をしないことが一般取引の通念に照らして正当と認められること(客観的な重要性)をいうと解されている。また、この客観的な重要性の判断については、表意者がそれを重要と考えていたことが必要であるが、それだけでは足りず、一般人がそのような契約を締結する場合にも、同じように重要と考えるかという客観的判断をする必要があり.また、当該契約にとってその事項が一般に重要な要素か否かで判断すべきであるとされている(四官和夫=能見喜久・民法総則(第七版)193、194ページ、大審院大正3年12月15日判決・民録20輯1101ページ、大審院大正7年10月3日判決・民録24輯1852ページ各参照)。
 ところで.意思表示の動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤としてその無効をきたすためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要するところ(最高裁昭和29年11月26日第二小法廷判決・民集8巻11号2087ページ.最高裁昭和45年5月29日第二小法廷判決・裁判集民事99号273ページ参照)、その動機が黙示的に表示されているときであっても、これが法律行為の内容となることを妨げるものではない(最高裁平成元年9月14日夢一小法廷判決・判時1336号93ページ)。そして、離婚に際して土地を財産分与をしても分与者に税金はかからないと考えていたにもかかわらず、実際にはその分与者に多額の譲渡所得税が課せられた事案において、課税されないという前提事実(動機)に誤解があり、動機が黙示的に表示されていたとして、錯誤無効が認められた事例がある(上記最高裁平成元年9月14日第一小法廷判決の差戻審である東京高裁平成3年3月14日判決・判時1387号62ページ)。
 本判決においても、Xlらの誤信は、本件売買契約の動機にかかわるものであり、CとX1らとの間では、X1が多額の贈与税を課されないとの認識が、少なくとも黙示的に表示されているといえるとして、本件売買契約の意思表示に錯誤があったと認められている。

(2)このように、課税の基礎とされる私法上の契約関係について錯誤があった場合に、課税関係において、その契約の錯誤無効を主張することによって課税を免れることができるかについては、かねてから争いがある。(金子宏・租税法(第10版)125ページ参照)。
 特に、所得税や贈与税といった申告納税方式の租税については、その納付すべき税額を確定させる納税申告を法定申告期限内にすべきものとされているので、その法定申告期限経過後、私法上の法律行為について錯誤による無効を主張して、課税を免れることができるかが問題となる。
 金子宏教授は、「平均的経済人の立場から見てそれが合理的であると認められる場合は、税負担に関する錯誤を意思表示の無効原因と考えてよい場合がありうると考える。ただし、このように解した場合にも、民事訴訟または相手方との合意によって行為や取引の無効の確認と原状回復をした上でなければ、更正・決定の無効を主張することはできないと解すべきであろう」としている。 ※注 最高裁 平成元年9月14日 (財産分与契約に係る不動産の分与の課税の点につき動機の錯誤があるにすぎないとした原審判断は是認できないとされた。)金子宏・租税法(第10版)125ページ参照)。
 本判決は、この点を消極に解し、判決要旨のとおり判示したものであるが、そのように錯誤無効の主張の期間を制限する理由として、「我が国は、申告納税方式を採用し、申告義務の違反や脱税に対しては加算税等を課している結果、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせたのでは、納税者間の公平を害し、租税法律関係が不安定となり、ひいては申告納税方式の破壊につながる」ことを挙げている。
 納税義務は、租税負担の有無に関する当事者の予想とは別個に客観的に成立するものであって、錯誤のうちでも、特に、租税負担に関する錯誤の場合には、課税処分がされるか、あるいは、課税庁から修正申告等をしょうようされるなどした段階で初めて問題が顕在化することが多いと思われる。しかし、課税要件を充足するとして課税処分をしたところ、課税処分を理由とする錯誤無効の主張が認められて、課税要件が充足されなくなることは、言わば納税義務の成立を私人間の意思にかからしめることになり、租税法律関係を不安定にする。(※注1)

「要素の錯誤」の意味
起草者が、「法律行為の要素」に錯誤のある場合に限ったのは、意思と表示とのくい違いの甚だしい場合にだけ意思表示が無効となるように限定する趣旨だった。したがって、法律行為の要素に錯誤があるとは、契約の要素に錯誤がある場合、ということになる。要素とは、特定の内容を持った概念ではなく、重要な部分という程度の意味である。したがって、申込なり承諾なりの意思表示が、契約の重要な部分に関する錯誤を含んでいる場合には無効になる、と95条は定めていることになるが、それだけでははっきりしない。そこで、解釈によってその意味を明らかにしていく必要がある。(※注3)

「錯誤」が認めらなかった例

1.「土地の交換を贈与と誤認してなされた贈与税課税処分の瑕疵は、当該土地について贈与を原因とする所有権移転登記がなされていること、交換提供資産について共有持分の放棄を原因とする所有権移転登記がなされ、かつ、贈与税の申告及び税額の納付がされていることから推して、客観的に明白であるとはいえず、課税処分は当然無効とはいえない」とした東京地裁昭和45年9月26日判決(税資60号470頁・訟務月報17巻2号266頁)

2.「本来、贈与の事実を捕捉して賦課すべき贈与税について、何等贈与の事実が認められないところになした賦課処分の瑕疵は最も基本的な部分に存し重大な違法であるが、各違法(瑕疵)は何人の目にも明らかな客観的、外形的に明白な瑕疵というに耐え得るものではない、すなわち、登記簿上の名義や、契約者の名義を有力な信用すべき外形的徴表として事実を認定することは一般的経験則上も特段異としなければならないことではないから、本件賦課処分の違法性(瑕疵)の程度は、未だ、当然無効と解するほどのものでない」とした高松高裁昭和47年10月31日判決(税 資66号925頁)、

3.「控訴人の母(控訴人は母の相続人)が登記簿上の記載によって、本件土地を被相続人(控訴人の祖父)の死亡に伴い同人から相続したと誤信したため、その土地を含めて本件相続税の申告をしたものであるとしても、その錯誤は当該申告書の記載それ自体から外形上、客観的に過誤が一見して看取できないものであるから、本件申告及びそれを前提とする本件課税処分には客観的に明白かつ重大な過誤ないし瑕疵があるとはいえない」と判断した大阪高裁平成4年2月7日判決(税資188号244頁)がある。

4.会社設立の際の現物出資により予定外の課税負担が生じたことを理由として、現物出資の錯誤無効及び右錯誤を理由とする合意解除が主張された事案につき、「納税義務者は、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為を行った場合、右法律行為の際に予定していなかった納税義務が生じたり、右法律行為の際に予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明した結果、この課税負担の錯誤は動機の錯誤であるとして、又はこの錯誤のため合意解除したとして、右法律行為が無効であることを、租税行政庁に対し、法定申告期間を経過した時点で主張することはできないものと解するのが相当である。」としたもの(大阪高裁平成8年7月25日判決・訟務月報44巻12号2201ページ。その上告審である最高裁平成10年1月27日第三小法廷判決・税務訴訟資料230号152ページは、「原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件各処分は適法であるとした原審の判断は.正当として是認することができる」として、原審の判断を維持した。)。

5.納税者が贈与を受けた株式の時価評価が争われ、当初予定していたものより重い納税義務が生じたことを理由に錯誤の主張がされた事案につき、「本来、財貨の移転を伴う法律行為に対する課税は、右行為の結果に対してなされるものであるから、右課税自体が、右法律行為の要素をなすということはできない。そして、仮に、右行為の結果、当初予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明した場合でも、その課税負担が錯誤であるとしあるいはこの錯誤のため合意解約したとして、右法律行為が無効であることを、課税庁に対し、法定申告期間を経過した時点でも主張することができるとすることは、申告納税方式を採用し、申告の義務違反や脱税に対しては加算税等を課している我が国の税制の下で、安易に納税義務を免れさせる結果を招くことになり、これによって、納税義務者間の公平及び租税法律関係の安定を害し、ひいては申告納税方式の破壊につながることになり、(中略)容認できない。としたもの(東京高裁平成12年9月26日判決・税務訴訟資料248号829ページ)。※注 訟務月報52巻12号3672貢~3679貢 訟務研究会 岡田大樹法務省官房訟務部門発行

6.贈与税の節税を目的として行われた株式の贈与につき錯誤無効の適用はないとした。
※注 最高裁 平成13年6月29日

7.節税目的の株式贈与に対しされた贈与税更正処分につき錯誤を理由とする無効の主張が排斥された。
※注 千葉地裁 平成12年3月27日

8.仮に錯誤無効でも経済的成果の残存から課税はできるとされた。
※注 最高裁 平成14年6月28日

9.要素の錯誤に当たらないとして贈与契約が有効とされた。
…動機の錯誤の範疇にとどまり…
※注 東京高裁 平成15年7月31日

10.更正の請求により申告の過誤を主張すべきであるとされた
…国税通則法23条1項所定の更正の請求以外にその是正を許さないならば納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ…
※注 広島地裁 平成14年10月23日

11.贈与の成果が存続しているとして贈与税の課税が適法とされた。
…経済的成果が発生し、その成果が存続している…
※注 東京高裁 平成15年7月31日

12.贈与税申告書の誤記の明白性
※注 東京高裁 昭和47年2月29日

13.マンション取得資金の贈与につき、贈与税相当額の現金贈与の履行がないから無である旨の主張が排斥された。
※注 東京高裁 平成10年8月19日

14.贈与税の成果が存続しているとして贈与税の課税が適法とされた。
※注 東京高裁 平成15年7月31日

15.法定申告期限経過後に錯誤による無効を主張することの可否
※注 最高裁 平成13年4月13日

16.予期せぬ課税が生じたことによる贈与の錯誤無効の主張が排斥された
※注 東京高裁 平成12年9月26日

17.贈与が錯誤により無効であるとの主張が排斥された
※注 東京高裁 平成13年4月13日

18.土地の無償返還に関する届出書が提出されている宅地の評価に関する通達は違憲であり、これによる評価には明白かつ重大な錯誤がある旨の主張が排斥された。
※注 最高裁 平成12年10月19日

19.同族会社と同族関係者との間の株式の低額譲渡につき錯誤無効の主張が排斥された
※注 東京高裁 平成10年10月28日

20.相続税対策として行われた出資の低額譲渡につき錯誤無効の主張が排斥された
※注 国税不服審 平成10年9月28日

21.申告の無効を理由とする過誤納金の返還請求権の消滅時効の起算日
※注 名古屋高裁 平成7年4月11日

22.贈与契約には何らの錯誤もなく受贈者の離農は後発的な事情変更にすぎないとされた
※注 甲府地裁 平成5年1月28日

23.相続登記の錯誤抹消と贈与
※注 東京高裁 昭和58年7月27日

24.査察官の脅迫の事実は認められないとされた例。
※注 大阪地裁 平成7年12月20日

25.当初の法律行為の際に予定していなかった納税義務が生じたり、予定よりも重い納税義務が生ずることが判明したとしても、この課税負担の錯誤は動機の錯誤であるから、納税申告の無効を主張したり、その錯誤のために合意解除をして更正の請求を受けることはできないとされた例。
  ※注 大阪地裁 平成8年7月25日
 ここにいう「客観的に明白」とは、税務署長にとって申告の時点において職権で減額更正すべき事情が客観的に明らかに認められるような場合をいう、とされている。
  ※注 岡山地裁平成10年12月2日

26.税負担の錯誤は要素の錯誤か
 これについては、私人間の民事訴訟で主張された場合は認められているが(※注 最高裁平成元年9月14日 東京地裁平成7年12月26日 鈴木)、税務訴訟ではすべて否定されている。(東京地裁平成9年11月26日鈴木先生参照)

27.「将来における相続税の節税効果を期待し、本件贈与に十分な節税効果があるとする税理士その他の専門家の説明を信じて本件贈与に合意したのであって、これを信じたことに過失はなく、本件贈与が民法95条により無効であり、それを前提とする本件課税処分も無効である」と主張した、節税効果が本件贈与の重要な動機となっており、その動機は表示されていたと認められる。しかし、我が国は、申告納税方式を採用し、申告義務の違反や脱税に村しては加算税等を課している結果、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせたのでは、納税者間の公平を害し、租税法律関係が不安定となり、ひいては申告納税方式の破壊につながるのであるから、納税義務者は、納税義務の発生の原因となる私法上の法律行為を行った場合、法律行為の際に予定していなかった納税義務が生じたり、法律行為の際に予定していたものよりも重い納税義務が生じることが判明した結果、この課税負担の錯誤が当該法律行為の動機の錯誤であるとして、その法律行為が無効であることを法定申告期限を経過した時点で主張することはできない。
 本件贈与が無効であるとして納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害し、租税法律関係を不安定にならしめ、ひいては申告納税方式の破壊を招来するものといわざるを得ない。したがって、本件贈与の錯誤無効の主張は許されなかった。(※注4)

28.国税に関する確定申告書の記載内容の錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大で、法定の是正方法以外の方法による是正を許さなければ納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情がある場合でなければ許されず(最判昭和39年10月22日民集18巻8号1762頁)、本件においては、X0の死亡により、本件各土地について昭和42年1月14日受付で他の相続人2名との共同相続の登記がなされた後、Xは当該、昭和62年12月22日受付けで共同相続人X1の持分につき、真正な登記名義の回復を原因とする持分全部移転登記をし、これについて本件贈与税の申告をしたのであって、これらの事実関係において、納税義務が存在しないこと客観的に明白であるとはたやすく認められない。(※注5)

「錯誤」が認められた例

(1)国税局係官の強い申告指導により錯誤に陥り申告した場合 ※注 京都昭和45年4月1日  鈴木先生参照
(2)誤った判断をした税務係官が、その判断を前提とした修正申告書の下書きを作成し、それによる修正申告を強く指導したため、納税者がその誤りに気づくことなく、この下書きを信頼して修正申告書を提出した場合
  ※注 東京地裁 昭和56年4月27日
(3)譲渡所得についての更正の請求中に、納税者・税務職員ともその譲渡所得に影響を及ぼす意思なくその所得を含めた総所得金額について修正申告書を提出した場合
  ※注 札幌地裁 昭和63年12月8日
(4)社会保険診療報酬の所得計算の特例適用を受けた申告は、錯誤であったとして修正申告において実額経費への変更が認められた例
  ※注 最高裁 平成2年6月5日

①事案の概要
 i  原告は、昭和54年の所得税の確定申告に際し、描法26①の特例を受けるか否かを判断をするにあたって、(自由診療収入/社会保険診療収入)×実額経費総額=自由診療収入の実額必要経費として計算したため、特例計算 有利と判断して確定申告を行った。
 ii 原告は、その後の税務調査により自由診療収入の計上漏れを指摘され、昭和56年7月に修正申告を行うにあたり、iの誤りに気がつき、特例の適用を取りやめて実額経費で計算した申告書を提出した。
 iii これに対して被告は、実額経費を概算経費に改めた更正処分を行った。
②判決
 i 実額経費の金額が概算経費の金額を上回っているか、下回っているかということは、特例の適用を左右するものではない。
 ii 仮に、実額経費>概算経費の場合でも、概算経費の金額が国税に関する法律に基づく社会保険診療報酬の必要経費となる。
 iii 通法19①一によれば、確定申告に係る税額に不足があるときは修正申告ができる。
当該修正申告をするにあたり、修正申告の要件を満たす限りにおいて、確定申告における必要経費を満たす限りにおいて、確定申告における必要経費の計算誤りを是認する一環として、錯誤に基づく概算経費選択を撤回し、 実額経費を必要経費として計上することができると解される。
 iv 本件の概算経費選択の意思表示は、錯誤に基づくものであり、原告の必要経費の計算に誤りがあったとゆうべ きである。
(5)相続税対策として行われた株式の贈与が無効とされた、その贈与後に株式を買い取った会社に対する株式返還請求が認められた。
  ※注 東京地裁 平成10年11月26日
(6)担保権の設定された夫の不動産を、妻に贈与登記したが、これは夫が財産保全のため形式上の贈与登記であることが推認され、直ちに錯誤による抹消登記をすべきであったが、利害関係者等の事情によりやむを得ず数年後、妻から夫へ再び贈与登記しているが、抹消登記に代えて再贈与の形式によった第二次登記は、実質的には抹消登記と同視すべきであるとして、請求人の主張が認められ、贈与がなかったものとされた。
  ※注 国税不服審 昭和55年10月4日
(7)離婚に際して土地を財産分与をしても分与者に税金はかからないと考えていたにもかかわらず、実際にはその分与者に多額の譲渡所得税が課せられた事案において、課税されないという前提事実(動機)に誤解があり、動機が黙示的に表示されていたとして、錯誤無効が認められた事例がある(上記最高裁平成元年9月14日第一小法廷判決の差戻審である 東京高裁平成3年3月14日判決・判時1387号62ページ)。

 注1 訟務月報52巻12号3672貢~3679貢 訟務研究会 岡田大樹 法務省官房訟務部門発行
 注2 三木義一外「実務家のための税務相談 民法編」有斐閣 P17
 注3 民法Ⅰ 総則・物権総論 著者 内田 貴 東京大学出版会 P59
 注4 最近の税務訴訟(Ⅲ)佐藤孝一 大蔵財務協会P1124~1125
 注5 最新判例による国税通則の法解釈と実務(増補改訂版)佐藤孝一 大蔵財務協会P1428

私見

 更正の請求については、法的安定性を確保する観点から、請求をなしうる期限が法定されている。
 通常の更正の請求とは、税法の規定に従っていなかったこと又はその計算に誤りがあったことを理由とするもので、法定申告期限から1年以内に限り、税務官庁に対してすることができる。
 後発的な理由による更正の請求は、税額計算の基礎となった事実、例えば不動産の売買が後日になって判決や和解などによって変更されたことによって結果的に税額が過大となるなど特別の場合で、国税通則法施行6条に限定列挙され、国税通則法23条2項等に列挙されているほか各種税法にも特例があり、この場合には、法定申告期限から1年を経過した後においても許される。
 従って、本判決は、納税者に要素の錯誤があったこと及び重過失がないことを認めた上で、上記各裁判例と同様の理由により、錯誤無効の主張の期間を制限したものであるので、先例としての価値が高い。
 要するに、本判決は、重過失があるとはいえないと認定した点に疑問は残るが、契約関係に錯誤があったことを認定した上で、法定申告期限後の課税負担の錯誤による無効の主張を明確に否定した裁判例であることから、今後の実務の参考になる。(※注1)
 次に、金子宏教授は、「平均的経済人の立場から見てそれが合理的であると認められる場合は、税負担に関する錯誤を意思表示の無効原因と考えてよい場合がありうると考える。ただし、このように解した場合にも、民事訴訟または相手方との合意によって行為や取引の無効の確認と原状回復をした上でなければ、更正・決定の無効を主張することはできないと解すべきであろう」としている。(※注2)
 そして、三木義一教授は、なれ合い訴訟とみられるリスクはあるが、当事者に錯誤無効の民事裁判を起こしてもらい、確定判決を得て更正の請求をするしか現状ではなさそう、としている。(※注3)判例を収集してみると、離婚に際して、錯誤無効が認められた事例があるが、民事裁判上の判決であり、租税法の参考にならない。(※注4)
 現状では、相続税の更正請求で、請願法に基づく相続税の更正請求が、実務的に認められている。この請願法に基づく所得税の更正請求を使用して、所得税の更正請求をしていたらどの様になっていただろうか。また、次の①から②を乗り越えることは、できない。

①国税に関する確定申告の記載内容の錯誤の主張は、その錯誤が客観的に明白かつ重大で、法定の是正方法以外の方法による是正を許さなければ納税義務者の利益を著しく害すると認められる特段の事情 がある場合でなければ許されない。(最判昭和39年10月22日)
②納税者間の公平を害し、租税法律関係が不安定となり、ひいては申告納税方式の破壊につながる。
課税原因事実の誤信(不存在)によって、直ちに申告又は課税処分が無効となるものではないことに、留意する必要がある。

注1 訟務月報52巻12号3672貢~3679貢 訟務研究会 岡田大樹 法務省官房訟務部門発行
注2 最高裁 平成元年9月14日 (財産分与契約に係る不動産の分与の課税の点につき動機の錯誤があるにすぎないとした原審判断は是認できないとされた。)金子宏・租税法(第10版)125ページ参照)。
注3 三木義一 税金裁判の動向税務Q&A2006年6月号 P26
注4 最高裁平成元年9月14日第一小法廷判決の差戻審である東京高裁平成3年3月14日判決・判時1387号62ページ)。