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判例研究

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TOP判例研究組合の理事長が受けた債務免除益を、給与として源泉所得税を受けた事例

組合の理事長が受けた債務免除益を、給与として源泉所得税を受けた事例

平成19年12月10日

組合の理事長が受けた債務免除益を、給与として源泉所得税を受けた事例

1.経緯

 平成17年7月、q5理事長はA株式会社から借入金債務の免除を受けた(平成17年債務免除益)。これに対する更正処分等を不服として異議申立てを行ったところ、所轄税務署長は、平成19年8月、異議申立てに対する決定を行い、その理由中において、平成17年債務免除益について旧所得税基本通達36-17(債務免除益の特例)の適用がある旨の判断を示した。
 同通達では、債務免除益のうち、「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であると認められる場合に受けたものについては、各種所得の金額の計算上収入金額又は総収入金額に算入しないものとする」旨を定めていた。
 なお、q5理事長の後任の理事長は、同社団が債務免除をした理由について「平成17年債務免除益に本件旧通達の適用がある旨の判断が示されており、その後もq5理事長の資産が増加していないことから、q5理事長に資力がなく、同社団に対する借入金の弁済が不可能であると判断するとともに、これまでの理事長及び専務理事としての貢献を考慮した」と述べている。

2.(あ)岡山地裁の判断

 本件債務免除時において、q5理事長は約52億7千万円の債務を負っていた。当時のq5理事長の資産は約2億8千万円にすぎず、負債はその資産の実に20倍に迫る金額に達しており、債務超過の状態が著しいものであったといえる。q5理事長は、年間収入として不動産収入や役員報酬等合計約3700万円を得ているが、債務の額が多額であることに鑑みれば、近い将来において本件債務全額を弁済することが可能であるということもできず、弁済するだけの資金を調達する能力があったということもできない。
 以上の事実に鑑みれば、本件債務免除益にも、本件通達の適用があるものと認めるのが相当である。
 なお、当局側は、同社団を実質に支配していたq5理事長が、同社団に債務免除を強いたということを理由に、本件債務免除益は通達要件に該当しないと主張する。しかし、当局側の主張は、債務免除益が「債務者が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合に受けたもの」に該当するか否かとは異なる視点からの主張である。
 したがって、仮に本件債務免除益が給与等に該当するとしても、債務免除益に本件通達を適用しなかったことについての合理的な理由が示されていない以上、平等原則違法の点から、取消されるべきである。

(い)広島高裁の判断

 平成17年債務免除益に本件旧通達の適用があるとの判断が所轄税務署長により示された後、q5理事長の資産の増加がなかった状況の下で、本件債務免除がされたことからすると、債務免除の主たる理由は、q5理事長の資力喪失により弁済が著しく困難であることが明らかになったためであると認めるのが相当であり、q5理事長が同社団の役員であったことが理由であったと認めることはできない。したがって、本件債務免除益は、これを役員の対価とみることは相当ではなく、所得税法28条1項にいう給与等に該当するということはできないから、債務免除益について同社団に源泉徴収義務はないというべきである。

(う)最高裁の判断

 同社団がq5理事長に対して多額の金員の貸付けを繰り返し行ったのは、q5理事長が同社団の理事長及び専務理事の地位にある者として職務を行っていたことによるものとみるのが相当でありq5理事長の債務免除に応ずるに当たっては、同社団に対するq5理事長の理事長及び専務理事としての貢献についての評価が考慮されたことがうかがわれる。これらの事情に鑑みると、本件債務免除益はq5理事長が同社団に対し雇用契約に類する原因に基づき提供した役務の対価として、同社団から功労への報償等の観点をも考慮して臨時的に付与された給付とみるのが相当である。したがって、本件債務免除益は、所得税法28条1項にいう賞与又は賞与の性質を有する給与に該当するものというべきである。
 原案の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があり、原判決は破棄を免れない。そして、債務免除当時に、q5理事長が資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難であったなど、本件債務免除益をq5理事長の給与所得の収入金額に算入しないものとすべき事情が認められるなど、本件各処分が取り消されるべきものであるか否かにつき更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。
 債務免除当時のq5理事長の債務の総額は約52億円。一方、当時のq5理事長の資産は約2億8千万円、年間収入は合計約3700万円。確かにA理事長の負債総額は資産の20倍に迫り、同社団が主張するように「A理事長の年間収入を全額返済に充てたとしても、元金返済だけで140年を要する」ものだが・・・最高裁の審理差し戻した。

(え)広島高裁の判断

(ア)被控訴人(一審原告)X組合が、平成19年12月10日、当時のq5理事長に対して、q5のX組合に対する借入金債務(本件債務)の免除(本件債務免除)を行った当時(直前)の負債は52億7722万余円(本件債務を除き4億4040万余円)、資産は17億2519万余円と認められ、これによると、本件債務免除当時、資産よりも負債が3倍以上と大幅に上回っており、q5理事長が資力を喪失して本件債務全額を弁済することが著しく困難であったと認めることができるものの、本件債務免除をした後、q5理事長は資産が負債を大幅に上回る状態になることが認められ、その上回った部分である12億8479万余円は、本件債務免除によってq5理事長の担税力を増加させるもので、q5理事長の利得に当たることが認められるから、所得税法36条1項の「経済的な利益」に該当し、この部分については、債務を弁済をすることが著しく困難であるとはいえないことになり、源泉所得税額の計算上給与等の金額に算入すべき金額(本件債務免除益)は、12億8479万余円になる。
(イ)申告納税方式の下では、申告納税方式における納税義務の成立後に、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害し、租税法律関係を不安定にすることからすれば、法定申告期間を経過した後に当該法律行為の錯誤無効を主張することは許されないと解されるところ、源泉徴収制度の下においても、源泉徴収義務者が自主的に法定納期限までに源泉所得税を納付する点では申告納税方式と異なるところはなく、かえって、源泉徴収制度は他の租税債権債務関係よりも早期の安定が予定された制度といえることからすれば、法定納期限経過後の錯誤無効の主張は許されないと解すべきである。
(ウ)被訴訟人(一審原告)X組合は、当時の理事長であったq5のX組合に対する借入金債務(本件債務)の免除(本件債務免除)をしたのは、これに先立つ異議決定において、q5理事長につき「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難と認められる場合」に当たるとして、旧所得税基本通達36-17)が適用されたことから、本件債務においても、本件旧通達の適用により、q5理事長の給与所得の金額の計算上、本件債務の免除益を収入金額に算入する必要はなく、債務免除損として経理処理すれば足りると考え、税理士とも協議の上、本件債務免除をしたのであるから、本件債務免除が課税処分の対象なるのであれば、X組合とq5理事長が確認し合った前提条件に錯誤があり、これは要素の錯誤であるから、本件債務免除は錯誤で無効になると主張するが、源泉徴収義務者が法定納期限経過後の錯誤無効の主張は許されないと解すべきであるから、X組合が法定納期限経過後に上記のような錯誤を主張することは、許されないというべきである。
(エ)被訴訟人(一審原告)X組合は、最終的な所得税の負担者はq5理事長であり、X組合が源泉徴収義務者に過ぎないのに、錯誤無効を許さないということになると、無資力のq5理事長からは回収できない納税額を全て源泉徴収義務者であるX組合が負担することになり、不合理であると主張するが、徴収納付義務者が徴収納付をせず又は過小であったため、後で徴収納付義務者が徴収納付すべき額又は徴収納付した額との差額を納付し又は徴収された場合には、納税義務者に対し、徴収納付すべき額又は差額について求償権を行使できると解され、そのような場合に源泉徴収義務者が納税義務者へ求償が実現できない場合はあり得ることであり、源泉徴収制度上想定されたものといえるため、主張は採用できない。

3.研究

    本件判決は、 旧所得税基本通達36-17と錯誤が焦点となる。この2点について研究する。

  1. 酒井 克彦教授は、旧所得税基本通達36-17は「担税力がないところに課税をしないという意味であると理解し得たとしても、非課税規定を通達が設けるということに問題はないのであろうか。」「法的根拠をもってして本件通達の適法性を論じるのではなくて、かかる取扱についての平等原則違反の点から、通達の適用を許容しているに過ぎないと読む方が自然であろう。」「すべての納税者に一律にこの通達の取扱をしないとなっても、場合によっては、法的問題にはならないかもしれない。」 としている。注1
     谷口 勢津夫教授は、「破産法252条1項に規定する免責許可の決定または民事再生法の再生計画の決定があった場合その他資力を喪失して債務を弁済することが困難である場合に、その有する債務の免除を受けたときは、その免除により受ける経済的な価額のうち、総収入金額に計上しても課税が生じることのない部分の金額を除く金額は、総収入金額に算入されない。債務免除益が形式的なものであることから実情に即して課税しないこととした従来の取扱いを、平成26年度税制改正において、個人の事業再生を支援する制度の創設と併せ、法令上明確化したものである。」としている。注2
     
    品川 芳宣教授は、旧所得税基本通達36-17について、国税庁担当者は、「これはむしろ単に形式上の所得であって免除を受けたことによってこれだけ担税力のある所得を得たと見るのは、必ずしも実情に即したものとはいえない」と説明している。このような通達の取扱によって特定の所得を非課税とするのは、法令の根拠を欠くものであって、租税法律主義の違反の疑義がある。」としている。注3
     
    増田 英敏教授は、「従来からこの通達の取扱をめぐっては、租税法律主義の視点から批判が多くあったので、遅きに失した改正といえる。資力を喪失して債務弁済が、著しく困難な場合に該当するとして、債務免除を受けても、その債務免除益に課税がなされることは、不合理であり、担税力の実質的な裏付けがないのであるから、租税法律主義にも反するといえる。本件通達の規定が合理性が有り、適法であるとした場合に、次に問題となるのは、通達適用の要件であるから、認定した事実から当該要件に該当する評価根拠事実が丁寧に検証されなければならないという点である。」としている。注4
     谷口 智紀准教授は、税務上では、所得税法が、具体的な規定を置いていないことから、債務免除益の課税上の取扱は通達に依拠せざるを得なかった。としている。」注5
     
    伊藤 義一教授は、「広島高裁の判決は、本件債務の弁済が著しく困難かどうかという検討がされていない。」と述べている。注6
  2.  錯誤とは、意思表示をした表意者の内心の効果意思と表示との間に不一致があり、表意者がその事を知らないことをいい、民法95条は、意思表示は「法律行為の要素に錯誤」がある場合に限り、無効となると規定する。この要素の錯誤とは、意思表示の内容の主要な部分であり、この点について錯誤がなかったなら、表意者は意思表示をしなかったであろうこと(因果関係)、かつ、意思表示をしないことが一般取引の通念に照らして正当と認められること(客観的な重要性)をいうと解される。また、この客観的な重要性の判断については、表意者がそれを重要と考えていたことが必要であるが、それだけでは足りず、一般人がそのような契約を締結する場合にも、同じように重要と考えるかという客観的判断をする必要があり、また、当該契約にとってその事項が一般的に重要な要素か否かで判断するべきものである。とされている。注7
     
    ところで、意思表示の動機の錯誤が法律行為の要素の錯誤としてその無効をきたすためには、その動機が相手方に表示されて法律行為の内容となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要するところ、その動機が暗示的に表示されているときであっても、これが法律行為の内容となることを妨げるものではない。注8

4.私見

    大阪地裁判決平成24年2月28日このスキームは、法人税においては、条件を満たせば債務免除益に課税をされないことは、事前に国税庁に照会し回答を得ているものである。しかしながら、回答内容に 

  1. ご照会に係る事実関係が異なる場合又は新たな事実が生じた場合は、この回答の内容と異なる課税関係が生じることがあります。
  2. この回答は国税局としての見解であり、事前照会者の申告内容等を拘束するものではありません。

とある。従って、裁判になれば何の意味もないものとなる。一方税理士にとっては、損害賠償の裁判を起こされた時は、税理士にとってよい証拠となる。裁判官にこれだけやった証拠になる。
 所得税基本通達9-12の2「資力を喪失して債務を弁済することが著しく困難である場合につき、債務者の債務超過の状態が著しく、その者の信用、才能等を活用しても、現にその債務の全部を弁済するための資金も調達することができないのみならず、近い将来においても調達することができないと認められる場合をいい、これに該当するかは、これらの規定に規定する資産を譲渡した時の現況により判定する。」としている。資産を譲渡した時の現況により判定する場合、これだけの資産を譲渡した場合には、膨大な時間がかかる。伊藤 義一教授が、述べている様に「本件債務の弁済が著しく困難かどうかという検討がされていない。」裁判の時に何故自己破産の申請をしなかったのか疑問に思う。
 申告納税方式における納税義務の成立後に、安易に納税義務の発生の原因となる法律行為の錯誤無効を認めて納税義務を免れさせることは、納税者間の公平を害し、租税法律関係を不安定にすることとしているが、民法の最高裁の判決を無視している。安定性を保つことは、出来ない。

注1 p337~p338 酒井 克彦 大蔵財務協会 裁判例からみる所得税法
注2 p318 谷口勢津夫 谷口智紀 高木良昌  弘文堂 税法基本講座 第5版
注3 p149  品川 芳宣  大蔵財務協会 重要租税判決の実務研究 第三版
注4 p5 増田 英敏 TKC税務研修所 TKC税研情報 第25巻5号
注5 p52 林 仲宣 谷口智紀 高木良昌 清文社 重要判決・裁決から探る政務の要点理解
注6 p18 伊藤 義一  TKC税務研修所 TKC税研情報 第24巻3号
注7 大審院大正3年12月15日民録20輯1,101大審院大正7年10月3日民録24輯1,852
注8 最高裁昭和29年11月26日 最高裁昭和45年5月29日 裁判民集99号273